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豪州総選挙2019年 | 知っておきたい政治動向と政策

White Background, Blue Underscore Ampersand

連邦総選挙の年を迎えた豪州で、外国人投資家や外資系企業が選挙結果如何によって異なると予想される政治的方向性を理解したいと考えるのは当然です。Lander & Rogers 事務所発行の『Political Insights(政治的洞察)』では、豪州の各政党が選挙運動を加速させる中、専門家による政策発表の最新情報とその解説を皆様にお届けします。

政治動向

2018年8月に急遽行われた自由党の臨時党首選を受け、マルコム・ターンブルに代わりスコット・モリソンが自由党の党首に選出され首相に就任しました。この党首選後にマルコム・ターンブルは任期途中での引退を表明、氏の選挙区であるウエントワース地区では補欠選挙が行われました。この補欠選挙での敗北を受けて、政権与党である自由/国民党連合は一議席差で保っていた下院の過半数を失いました。

現在のところ、連邦選挙(豪州全国)は、2019年5月18日になると予想されています。選挙活動は本格化し、今後様々な政策発表が相次ぐ事が予想されます。

最近の世論調査では、野党労働党が自由/国民党連合を大きくリードしており、次の選挙での政権交代が予測されています。

連邦選挙では、次の様な分野が主要な論争点になるとLander & Rogersでは考えています。

  • エネルギー政策
  • 高齢者介護
  • 法人税減税
  • 保健医療への政府支出
  • 民間年金への課税
  • 労使関係改革
  • 移民政策と人口増加

ビクトリア州

2018年11月24日に行われたビクトリア州選挙では、ダニエル・アンドリュース州首相の率いる労働党が議席数を増やしての再選、今後4年間の政権運営に有権者からお墨付きを与えられた格好となりました。

政策面では、ビクトリア州労働党政権は再生可能エネルギー政策と交通運輸インフラ投資を積極的に推し進めると考えられます。この二つの分野、特に一般住宅での太陽光発電事業に大きなビジネスチャンスがあると考えられます。

ニューサウスウェルズ州

ニューサウスウェルズ州(NSW)では今年3月に州選挙が行われる予定です。グラディス・べレジクリアン首相の率いる自由/国民党連合は、2011年3月より政権についており、現在の州議会下院の勢力図では全93議席中17議席の差で過半数を維持しています。ただし、与党は最近の補欠選挙で、保守的な農村部で敗北を喫しており、最近の世論調査では、野党労働党、自由/国民党連合の支持率は五分五分で拮抗しています。また、最近の国政レベルでの自由党党首交代による混乱は、べレジクリアン政権の再選に向けた選挙活動に暗い影を投げかけています。

NSW 州選挙での主要な争点:

  • 交通渋滞
  • 医療、教育への政府歳出

豪州の外国人投資家や外資系企業に最も影響がある政策

本号発行時点では、自由/国民党連合の連邦政府による正式な政策発表はありません。与党の政策については、今後追って報告していく予定です。本号では、野党労働党が発表、あるいは同党が予定しているとして報道された政策に焦点を当てていきます。

1. 労使関係政策

労働党はACTU(豪州労働組合会議)と呼ばれる労働組合との関係が強いため、労働党の労使関係政策は、ACTU の政策に大きく影響されます。ACTU の主要な政策には、以下が含まれます。

  • 雇用主が 非正規雇用で従業員を雇う権利の縮小
  • 個別企業との労働交渉より業種全体を代表して交渉できるように労働組合の権限強化
  • 最低賃金水準の引き上げ
  • 正規雇用に代わる派遣社員を供給する人材派遣会社の役割縮小
  • 男女間の賃金差の解消
  • ストライキなどの争議行為をとる労働者の権利の保護と強化

労働党自身も、外国人投資家や外資系企業の注目に値する政策をいくつか発表しています。

  • 大企業による短期技能者ビザ(Temporary Skill Shortage visa、現在482ビザと呼ばれている)発給の取締まり。外国人にビザを発給する前に、豪州国内で当該職の求人広告を出す事(労働市場テストと呼ばれます)を義務付けます。この政策は、本国から豪州に経営陣を派遣しようとする外資系企業に直接的な影響を与えます。しかしながら、日豪貿易協定の対象になる場合には、労働市場テストの必要はありません。この免除にはいくつもの条件があります。
  • 労使協定改革。労働組合の権限を強化、争議行動を起しやすくし、労働組合の職場立ち入り権限も強化されます。
  • 週末の加徴賃金制度の再導入。
  • 国内の中小企業の公共事業受注額増加。500億ドル相当の公共事業(空港、鉱山、鉄道などの主要事業を含む)の地元企業受注分を増やす政策。
  • これらの政策が実現できるかどうかは、2019年の連邦選挙後の下院での勢力図と上院に多数存在する無所属や少数政党議員の支持動向に大きく依存します。

2. 再生可能エネルギー目標値

ビクトリア州労働党政府は、2030年までに州内の再生可能エネルギーの消費比率を50%まで引き上げるという政策の一環として、家庭用太陽光電池/蓄電池に補助金を支給すると発表しました。この目標値は、連邦、州に関係なく労働党全体の政策でもあります。

次の連邦選挙で勝利した場合、労働党は自由/国民党連合の提案する国家エネルギー保障 (National Energy Guarantee, NEG)は継続するとしていますが、二酸化炭素の排出削減目標を引き上げ、2030年までに2005年の水準の45%にするとしています。ビクトリア州政府同様に再生可能エネルギーの比率を50%まで高めるという政策が採用された場合、エネルギー供給の安定性を確保するために相応の対策をとる必要があります。特にNEG では、各州独自の二酸化炭素排出削減や再生可能エネルギー比率の目標値設定を制限する条項がないため尚更です。労働党は再生可能エネルギーの使用を最大化する断固とした方針を打ち出し、従来型エネルギーから再生可能エネルギーへの移転メカニズムとして、大手の二酸化炭素排出企業向けに差別決済取引(CFD)や排出権取引制度などの政策手段を検討していると最近示唆しています。また、再生可能エネルギーの新技術開発への財政支援も提案しています。(政府のクリーンエネルギー投資ファンドであるクリーンエネルギー・ファイナンスコープ(CEFC)に100億ドルを追加拠出、既存技術とインフラの刷新に50億ドルを拠出。)

スマートメーター、電池、また再生可能エネルギーの使用割合が増加するにつれ供給の効率性、安定性を改善するための関連技術に投資機会があると考えられます。これは、労働党が一般家庭の電力料金負担軽減を目的に発表した、2025年までに百万世帯に蓄電池を装備するという新政策(最大歳出額2億ドル規模)の実現には、確かに必要でしょう。

国内炭鉱会社からの多大な税収と大量の石炭輸出を考慮すると、政権与党となった場合に、労働党が炭鉱新規開発、既存鉱山の拡張案に対する現在の反対姿勢を継続する事は困難かもしれません。しかしながら現時点では、労働党は石炭による火力発電に強く反対しています。

『ガス業界調査2017-2020年』の中間報告(2018年12月発表)でACCC (豪州公正取引委員会)も最近認めたように、将来的にガスは大きな政策課題になる公算が高いと言えます。豪州の生産業者と日本・中国企業が結んでいる既存の天然ガス供給契約のため、今後ガスの需給は逼迫してくると予測され、新規の開発なくしては2019年以降、NSW州、ビクトリア州、南オーストラリア州で国内消費用のガスが不足する懸念が指摘されています。炭層ガスとフラッキングに対する地元住民の反対から、陸上でのガス開発は今後も困難を極めることが予想されます。

直近のニュースとしては、今年1月23日に労働党は10億ドルを投じる全国ハイドロゲン(水素)計画を発表しました。計画によれば、全国ハイドロゲン・イノベーションハブをクィーンズランド州のグラッドストーンに設立する一方、5千万ドル以上をエネルギー貯蔵技術の商業化のために財政支出(CEFC等を経由)する予定です。これは化石燃料を使用しての水素生産過程で排出される二酸化炭素を貯蔵する技術開発を支援するものです。水素充填技術の拡充により水素車の普及を後押しします。

3. 交通運輸インフラ

長期間続いた過少投資の時期を経て、豪州の東海岸部では、ビクトリア州政府の600億ドルを投じるインフラ整備計画に続き、NSW 州政府が『未来の交通運輸戦略 2056年』を発表、クィーンズランド州政府の『州インフラ計画』2018年最新版も重なって、豪州及び海外の企業・金融機関には数多くの大規模インフラ、テクノロジー関連の事業機会が存在しています。金融機関はこれらのインフラ計画のプロジェクト・ファイナンスに参画します。

こうした大型インフラ案件に伴い、輸送ルート・交通網周辺地域の都市開発関連でも、その他多くの投資機会が生まれると予想されます。病院と主要駅を中心とする郊外拠点の開発が始まり、外資系企業に世界中の最新技術を採用したスマート・インフラ案件への投資機会を提供するでしょう。唯一考えられる障害は、労働党の豪州企業偏重姿勢で、外資系企業は連邦、州政府の発表する政府調達法のいかなる変更にも注意し、これを十分に理解する必要があります。

4. 金融サービス

銀行、退職年金基金、金融サービス業界の不正を調べた豪州王立調査委員会(Royal Commission into Misconduct in the Banking, Superannuation and Financial Services Industry)は小売金融業務に即時影響を与えています。その一例が不動産投資に対する貸し渋りで、これがほとんどの州政府所在都市で住宅価格下落の一因となっています。

銀行、保険会社などの経営陣には、利益相反管理体制の整備、経営陣報酬制度の規制強化、リスク管理手法と銀行・保険業界の監督機関との関係に対するより厳しい監督義務が求められています。

同調査委員会の最終報告書は、委員長ケネス・ヘイン氏により2月4日に連邦政府に提出されており、各政党はこの報告書が取り扱う分野での対応策を急いで発表すると考えられます。同報告書に対するLander & Rogers の判断・評価は、別途ご報告する予定です。

同調査委員会の結果、金融事業の合理化がすでに始まっており、当然のことながら、国内外の投資家双方に多くの新規投資機会が生まれるでしょう。大手金融機関では、リスク許容度の低下、中核事業への回帰を受けて、非中核資産の売却が進むことが予想されます。

金融機関へのより一般的な影響として考えられるのが、労働党が提唱している配当に係る優遇税制の変更であり、収入源として配当に頼る投資家にとっては大きな痛手となります。同政策では、支払う所得税がない一部の株主が配当に付随する現金払い戻しという税制の恩恵を受けられなくなります。 (100%フランキングが付与された配当の税的恩恵を失う。) この税制変更により、4年間で110億ドルの歳入増が見込まれるとしていますが、これは100%フランキングを付与した配当を支払っている銀行や企業、また投資家のポートフォリオを預かるファンドマネージャーにとって頭痛の種となります。

5. 移民とビザ

上記で少し触れましたが、雇用主がスポンサーする技能労働者向けビザ(永住および短期居住)は、2018年4月に変更され、以前の457 ビザに代わって482短期技能者ビザが導入されました。この変更により、このビザが発給されるカテゴリーが減り、多くの場合ビザの期間も4年から2年に短縮されました。これらの変更、また将来的な変更は外資系企業に多くの困難を引き起こす可能性があります。ただし、日豪貿易協定、日豪経済連携協定の締結により、482ビザに関していえば日本企業とその従業員には以下のような恩恵があります。

  • 通常であれば2年間の482 ビザのみ適格の従業員でも、最長で4年間の482 ビザの発給を受けられる。
  • 申請者が以下の条件に該当する場合を含め、多くの場合労働市場テストが必要とされない。
    • 日本国民、又は
    • 自社の既存の従業員、あるいはASEAN 諸国内にある関連会社の従業員

移民とビザは連邦政府の管轄事項のため、次回の選挙結果はこの政策分野に大きく影響してきます。自由/国民党連合が、移民数の削減を政策として採用することは考えられます。ACTU の移民政策の核は、短期就労ビザへの強固な反対ですが、労働党自身は移民削減策を一向に表明していません。現在豪州では、約100万人がこうした短期就労ビザで働いており、ACTU が『搾取の輸入』と見なしているものです。このため、労働党 が今年の連邦選挙に勝利した場合、短期就労ビザの更なる見直しがあることが予測されます。

6. 不動産市場

商業用・工業用不動産市場は、国内外の機関投資家需要と低金利に支えられ引き続き全国的に堅調なものの、小売業界で継続するデジタル破壊を背景に小売用不動産の資産価値には若干の落ち込みが見られます。又、シドニー、メルボルンを中心に住宅価格の値下がりが続いており、多くの業界関係者の話によると、この傾向は2−3年続くかもしれません。非常に低い金利水準とシドニー、メルボルンの移民急増を背景にした近年の土地価格の値上がりは、住宅価格を極端な水準にまで押し上げ、多くの国民を住宅市場から閉め出すかたちになりました。政策面からは、外国人投資家への税率引き上げと課徴金の導入、中国国内での資本輸出規制も、需要の軟化を後押ししています。

豪州国民にとって中間層には手の届かない住宅価格は重要な問題ですが、現行の市場トレンドや暗示されている政府の政策変更を考慮すると、住宅価格の下落圧力は今後も継続する公算が高いと言えます。この傾向を更に助長しているのが、先に述べた金融業界調査委員会、監督機関への対応としての豪州金融機関による投資・貸出しの制限です。

その上労働党は、投資用不動産の金利の損金算入とキャピタルゲイン税の割引率を大幅に制限することを政策として掲げています。もし労働党が連邦選挙に勝利すれば、金利の損金算入は新規建設物件を購入した場合のみに限られます。この政策により、新規の住宅建設需要が高まり、住宅の開発業者を利する可能性はわずかにあります。過去にも住宅価格や開発動向に与える悪影響から、似たような政策が覆されたことがあり、将来の政策に対するこうした不透明感は、住宅開発分野への投資を一層冷え込ませる可能性もあります。

7. 農業、食糧

自由/国民党連合政権と野党労働党の農業・食糧政策は、概ね一致しています。問題点は、生きたままの畜産羊・牛の輸出(live exports)ですが、これには緑の党、民間非営利団体(NGO)の活動家が激しく反対しています。労働党は、北半球の夏の間(気温が最も高くなり、輸出途中の動物が最も苦しむ時期)はライブ・エクスポートを早急に中止、時間をかけて全てのライブ・エクスポートを中止することを提案しています。

農産業にとっての重要な問題の一つは、エネルギー政策の影響です。農産部門での二酸化炭素や他の温室効果ガス排出削減政策は、牛肉・羊肉生産者の大幅なコスト増につながる可能性があります。このような政策が農作物の土壌の管理方法にまで適用拡大されれば、農産物の生産コストも上昇するでしょう。温室効果ガス排出削減を目指すパリ協定が豪州のような国にどれほど影響を及ぼすかは、まだよくわかっていません。最も極端なシナリオは、羊・牛の家畜数の大幅削減ですが、この政策が導入される可能性は低いでしょう。

次の動きは?

豪州は歴史的に、政治的に安定、確固とした法治国家として知られ、外国人投資家や外資系企業にとって魅力的な投資対象でした。しかしながら過去10年間に豪州は7人の首相を経験し、政治的に安定した国という従来の見方に影を落としています。

Lander & Rogers 法律事務所のチームは、日本人投資家や日系企業の皆様の投資計画策定や投資戦略の実行、外国投資のタイミング検討などの面でお手伝いさせていただいております。近々予定される選挙に関しましてご質問などがございましたら、ご遠慮なく下記のチームメンバーまでご連絡ください。

  • Deanna Constable (ディアナ・コンスタブル) – 法人部 エネルギー&資源、ジャパン・クライアント・グループ議長
  • Hon. Andrew Thomson (アンドリュー・トムソン)– ジャパン・クライアント・グループ顧
  • Derek Humphery-Smith (デレク・ハンフリー-スミス)- 雇用労働関係、国際部長
  • Tony Woods (トニー・ウッズ)– 雇用労働関係、 移民ビザ
  • John Wells (ジョン・ウェルズ)– 不動産
  • Terry Brigden (テリー・ブリジェン) – 金融サービス

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